インタビュー:2024年7月
-本日はよろしくお願いします。
はい。ただ、これまでのこのコラムの諸先輩方と比べて、エスパルスで何も結果を出せなかった自分みたいな者が取材を受けていいのですか?
-いえ、柴原さんは今や創立3年目のFCガウーショを率いて、県内のタイトルを総なめにされた監督ということで注目されています。同じエスパルスOBとして、サッカーに対してどのような想いがあるのかをお話しいただければと思います。早速ですが、エスパルスを離れて自らチームを立ち上げた経緯などをお聞かせ下さい。
プロを引退してからエスパルスでスクールコーチとしてお世話になったのですが、このクラブを作った理由としては、まずエスパルスのエンブレムをつけているとその影響力が強いので、やはり選手が何もしなくても、僕のところへ集まって来てくれるということがありました。別に僕が良い指導者であろうが悪い指導者であろうが、「エスパルスの柴原」ということで選手が集まって来てくれるのですよ。自分も6年間エスパルスで働かせてもらったのですが、その中で「どんどん力をつけたい」と思って日々やっていました。それで今度はその間に身につけた力を、エスパルスのエンブレムなしで、自分にどれだけの選手が集まってくれるのかを確認したかったということもありました。
引退したあとは、自分が育ったエスパルスの育成組織に配属されたいと当初は思っていたのですが、まずはスクールのコーチをやって、そこから育成組織へと考えていました。でも、なかなかそういう機会に恵まれず、「それならもう自分でエンブレムを外して、自分がどれだけできるのだろう」と、何もないところから挑戦しようと思いました。幸いにも仲間に恵まれて、エスパルスのOBの佐野克彦くんや、今うちで代表をやっている畠山祐輔などの仲間たちに、ちょうどいいタイミングで出会うことができて…。自分にはどれだけの価値があって、そこにどれだけの選手が集まってくれるのだろうか、というのを試したかったということで、このFCガウーショを立ち上げることにしました。
-エスパルスの傘の下にいるのではなく、「柴原誠」個人でどれだけのことができるか、ということでスタートしたと思いますが、実際やり始めた頃はいかがでしたか?
いきなり始めても上手くはいかないと思っていましたので、会社を作ってから1年から2年ぐらいは準備期間だと思って少しずつ始めました。実際にスタートしたときは1年生から4年生くらいまでで50人ほど集まってくれました。準備期間を2年ぐらい取ってあったので、その間にチームの方針や実際のシステムなどを決めてありましたし、僕の指導力と言ってもたかが知れていると思っていましたから、システムが大事だと思い、組織の仕組みの部分をしっかりと明確にして固めておけば、すぐに潰れてしまうチームではなく、しっかりと長続きするクラブになれると思っていました。
ただ、そこのシステムを2年の間にしっかり固めたつもりでしたが、いざ実際に始めたときにはいろいろな問題点や改善点が出てきました。でも、運が良かったというか結果がどんどんと出て、7ヶ月で県を制覇しましたし、そこから学年が1年上がるごとにまた結果も出て、すべてのタイトル取ることができたことで、僕らが設定した仕組みや組織というものが間違っていなかったことが証明できたと思っています。
-その「システム」や「組織」というものは、具体的にはどのようなものなのでしょうか?
具体的に言うと、今の子供社会は平等社会で優劣をつけないのですよ。学校生活の中で例えば本当些細なところで、「名前を呼び捨てにしていけない」とかで、友達なのに○○さんとか○○くんで呼ばないといけないのですよね。その他でいうと、例えば運動会でリレーやっているのに手を繋いで全員で一緒にゴールするみたいな。そんな社会になっているのです。誰が一番、誰がビリ、誰が優れている、誰が優れていないとかの優劣をつけないような社会になっていまして…。ただ、僕はそれもいいとは思いますけど、でも優秀な人材を育てるには、やはり優劣をつけなければそういう人材は育たないと思っているので、僕らは逆に完全に優劣をつける「学年撤廃方式」でサッカーチームを作りました。
そのやり方に対して親御さんにも納得してもらい、「1年生から6年生の中で上手い選手が試合に出る」というシステムを構築しました。練習からもう学年は撤廃して、上手い順にAチーム、Bチーム、Cチームというレベル分けをして、トレーニングを行うシステムでやっています。上手い選手には更に上のチームでやるチャンス与え、まだこれからの子や、今は技術や諸々サッカーが足りていない子は、学年に関係なく「自分のレベルに合った場所でやりましょう」というシステムにしています。
これまでの少年団の多くは学年ごとで分けて、それでも上手い選手は上に上げたりしていたと思うのですが、そうするとそのことを気に入らない人が出たり、面白くない人がいて、そこでごちゃごちゃして揉めてチーム自体がダメになったりしちゃうのですが、僕らは最初からそこは納得して入団してもらっていますから、下から上がってきても、下に落とされてもそれが普通という、本当に完全実力主義のシステムにしてあります。でも、親御さんとか子供たちのケアもしていますから、3ヶ月に1度全員と面談をしています。「完全実力主義」をやることでそういったことも必要となり、実際にやることは増えてはいますが、でも「差別化する」という他のチームやクラブと圧倒的に違うシステムにしたことで、結果も出て上手くやれているのかなとも思います。
-才能ある選手は、早くレベルにあった指導や仲間とプレーすることでより力がつくと?
僕の考え方としては、上手いグループに所属していたら上手くなるのかといえば、そういう訳でもないのですよ。やっぱり成功体験と失敗体験のバランスというものがあって、例えば5年生でサッカーをやり始めた子供がいて、その子が今までサッカーやってきた5年生の子供たちと一緒にプレーするのはちょっと合わないと思うのですね。1学年下げて4年生の中に入って、身体的には勝っているけれど、技術的には負けている4年生の中でやる方が、成功も増えて自信もつくだろうと。ただ早く生まれただけ、遅く生まれただけで区別せずに、その子供の持っている能力値で見てあげようということで、学年という枠をなくした方が、もっとその子供は伸びるのではないかと僕は思っているので、実際に僕らのやりたいこと、極めたいのは、ピラミッドで言えば一番頂上のところの選手の力を伸ばしたいと思っています。
今は平等な社会ということで、ピラミッドの頂上の子供たちが頭打ちされてしまっている現状があって、少年サッカーの育成のところではそのトップの子供たちを犠牲にして、下の子供たちを救ってあげようとしています。そのこと自体は悪くはないと思いますが、そのことでトップレベルの子供たちが犠牲になっていることに気づいていない大人たちが多すぎて…。だから逆に僕らはそういう仕組みを作って、才能がある選手たちに集まってもらって、そこのトップの選手を伸ばすことをやろうと。プロになれる可能性のある子供たちを早いうちから伸ばして、どんどん上のカテゴリでやらせてあげて頭打ちをさせないところを目指しています。下の子供たちを見捨てるわけではないですが、基準は高いところに置くと
いう話は常にしていますし、そういうチームになって来ていると思います。
-そういう考えはいつ頃から思っていたのですか?
恥ずかしい話ですけど、僕はプロでサッカー選手のときはサッカーを知らなかったのですよ。本当に感覚だけでやっていて、それまでの自分がやって来たサッカーの財産だけでプレーをしていました。それで引退してコーチになってからサッカーを学んだのですよね。そうしたら、自分の考えていたサッカーと学んだサッカーがかなり違っていて、もちろん自分のこれまでのサッカーは今も大事にしていますけど、新たに学んだサッカーもそれにプラスすると今の日本という社会が見えて来て、僕は日本の社会ではない側の育ち方をしてきていたと。逆にコーチになって学んだサッカーは日本の社会みたいなサッカーでしたので…。
今の自分の中にはその両方の情報がありますから、子供たちを取り巻く環境というものを考えたときに、今の子供たちの中になぜ昔はいたバケモノみたいな子供がいないのだろうと。確かに上手いですけど怖い選手がいないというか…。そこを考えたときに、そういう「優劣をつけない」ということが影響してしまっているのではないかなと。それはやはり周りの大人の責任だなという風に僕は思って、僕たちぐらいはちょっとぶっ飛んだ考え方で子供たちと接しようという考えになりました。
-これまでの常識ではない取り組みということですね?
そうです。これまでの常識の逆の事を子供たちに言ったりやったりしています。
-逆に今までとは違うことを言われた子供たちの反応というものは?
キラキラしていますね。例えば合宿に行った時には、いつもは親御さんとか家での生活だと「9時半には寝なさい」とか言われているらしいのですが、僕らは朝とか昼とかガッツリと練習をやって疲れているということもあって、疲れて8時半くらいには寝てしまうのですよ。「○○してはダメ」とか「何時には寝なければいけない」とかは言わずに、「好き勝手に遊べよ」と言ってあっても通常よりも早く寝ちゃうのですね。多分学校とか家では「○○はダメ」みたいなことを言われ過ぎているのだと思います。だから「コーチ、トイレ行って来ていいですか?」とか、「コーチ、テレビ見てもいいですか?」と最初の頃はめちゃくちゃ聞いて来ていました。その時に僕は「テレビをみたいのでしょ。トイレに行きたいのでしょ。なんで君らがやりたいことがあるのにいちいち俺に確認するの」と言いました。
「自分は小さな頃から自分がやりたいと思ったことは全部やってきたよ」と子供たちに言って、「なぜやりたいことを我慢しなければいけないの」と。そういう話をして行くとうちの選手たちは良いこともするけど、悪いこともめちゃくちゃするのですよ。だけど悪いことしないと逆に良い大人になれないと思っていますから…。子供がガラス割ってしまったり、何か物を壊しちゃったとしても、まだ「子供だからしょうがない」で大人が謝ったりお金を払って弁償したりして責任を取ればいいじゃないですか。でもその大人が謝る姿を子供たちは見ているわけで、子供ながらに「マズい」と思うわけですよ。そういうことが分からないまま大人になると、何が良くて何が悪いのかの判断ができない大人になってしまうのではないかなと思っています。だから子供のうちに「そういうことやっておけ」と思っていますから、うちの選手たちはすごくヤンチャですけど元気があってキラキラしていますよ。
-今の子供たちは守られ過ぎているということですか?
そうですね。ただ、多分ですけど今の社会に全部繋がることで、それは大人がただ楽をしたいだけだと思っています。例えば、子供がおとなしくしてれば問題が起きないですから大人に迷惑がかからないですよね。何か問題起こしたら大人たちが処理しなければならないですし、今の世の中、何かと面倒ですから…。その気持ちも分かりますけど、それだと子供は育たないのではないかと思っていて、そういうところに疑問を持ち続けながらチームを作っています。例えば、試合の時など他のチームは、テントを大人が組立てて、椅子を大人が並べて、子供たちの荷物を大人が運んで、親がユニフォームを準備して、飲み物を用意したり、ご飯食べさせたりしているのですが、うちは「親御さんは来ないでください」と言ってあって、それでも観に来た親御さんには「逆側に行ってください」、「子供と接触しないでください」とお願いしています。
他のチームはすごく環境が整っている感じで、テントもしっかり設営されていて、椅子もちゃんと並んでいることが多いです。荷物は大人が綺麗に整頓してありますし…。うちは椅子も荷物もぐちゃぐちゃのときもありますし、それに気づいた子供たちが、自分たちで隣を見て綺麗にするときもあったりしていろいろなケースがありますが、テントも常設はしていなくて雨が降ってきたら、選手たちが僕に「テントを出してください」と言ってきてから僕が車から出して渡して、子供たちが自分たちでテントを設営するのですよ。僕らのチームは見栄えはあまり良くないかもしれないですけど、全部やるのは子供たちなのです。
-親世代、もしくは世の中が過保護過ぎると?
でも、それは別に否定しているわけではないですけど、僕らはそういう風にやっています。
続く